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上野 金山城

金山城・月の池付近から見る大手通路の石垣

金山城 2009年3月16日

名 称

金山城

種 類 山城
住 所 太田市金山町

 関東七名城の一つ、日本百名城にも名を連ねている上野・金山城です。
 噂ではこのお城の存在は知っていましたが、実際に登城して石垣の量の多さに感嘆しました。
 誰が決めたのか?関東七名城。。 この金山城の他に、同じ群馬県に前橋城、 栃木県唐沢山城、 宇都宮城、埼玉県川越城、忍城、 茨城県に太田城があります。
 また、都道府県別に百名城の城名がわかる地図を用意しましたので参照してみてください。


 このお城にはお台所廓曲輪下に日ノ池(左下の写真)、大手虎口下に月ノ池(左の写真)と2つの池が存在します。
 この城の近く、2年前登城した唐沢山城にも大炊の井なる井戸または池?なる構造物がありましたが、この付近の城郭ではお決まりのものなのでしょうかぁ?
 左の写真が大手虎口付近にある大堀切付近から写した月ノ池です。 向こう側には大手虎口南上段曲輪上には遺構展示施設が見えます。 この遺構展示施設には、湿気を防ぐために敷かれた石敷き基礎やかまど跡、井戸跡の建造物があります。 当時は遺構展示施設のような「武器庫」を兼ねた「兵の詰め所」の建物があったと考えられるそうです(付近の説明版から抜粋)。

 左の写真が御台所曲輪から写した日ノ池です。
 作者の勝手な想像なのですが、月ノ池は大手虎口付近にある石垣もしくは大堀切から流れる雨水をためる池。 日の池は三の丸や御台所曲輪から流れる雨水をためる池。 なのでは?と考えるのですが、素人がここまで考えるのに考古学者が考えない訳はない。。
 大手虎口南下段曲輪の説明で「石組みに見られる排水路や溝は、水害の元となる水を城の外に排出する施設」と記載されていましたが、土に滲み込まないように石垣にして池に溜めたのでは?と考えるのですが、みなさんはどう思いますかぁ?

 

 この金山城のもう一つの見所は、やはり物見台下の岩盤を削った堀切(左の写真)と物見台下の通路にある馬場下通路(左下の写真ではないでしょうか。
 左下の写真、土橋の左側には左の写真にある堀切がそびえています。
 木で見えないのですが、堀切の最上段には石垣が積まれた物見台があります。
 そして、右下の写真にある馬場下通路にある土塁石垣、木橋、、竪堀と敵兵の侵入を拒む施設が連立して存在します。
 麓から本丸への尾根筋にあたるこの部分は戦略上、重要地点としてこのような厳重な防御施設が備わったと考えられます。
 写真のような岩盤のある地層は、大手虎口北下段曲輪まで続き、この金山城の石垣のふんだんさを物語っています。

 【金山城のの概略】
 文明元年1469) 新田一族であった岩松家純によって築城され、享禄元年1528年)に家純の家臣、横瀬泰繁に下克上によって殺され、その息由良成繁・国繁親子によって金子城に全盛をもたらした。
天正12年(1584年)には北条氏により攻撃を受け、孤城半年後に和睦開城。天正18年(1590年) 豊臣秀吉の小田原征伐の際は攻撃を受けて落城し、廃城となる。
 





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