武蔵 川越城

時の鐘

川越城 2009年5月21日

名 称

川越城

種 類 平城
住 所 川越市郭町

 関東七名城の一つ、日本百名城にも名を連ねている武蔵・川越城です。
 (関東七名城の内訳は、金山城を参照)
 さて、作者はまたもや失敗してしまいました。
今度の失敗は下の写真にあります。 普通に見れば川越城の本丸御殿では?と思うのですが、この平成21年5月21日では本丸御殿は保存修理工事中で一般公開はおろかぁ、鉄の壁に厚く守られ突破することも出来ません。 では、下の写真は? 鉄の壁に張ってあった修理前の写真を撮ってきました。
★本丸御殿の保存修理は平成20年10月21日〜平成23年3月(予定)までです★


 この本丸御殿は、当初将軍が川越を来訪した際に泊まる「御成御殿」であって、城主の居館は二の丸にあったようです。
 そのうち将軍家が川越に来なくなり空き地になってしまったようですが、幕末の弘化三年(1846)、居館の二の丸御殿が焼失してしまい、空き地であった本丸に嘉永元年(1848)、当時の城主・松平斉典によってこの本丸御殿が建造されたそうです。
 将軍の御成御殿って、他にも何箇所かのお城にあったようなぁ。。。
 調べてみたら。。いっぱいあるある。
 主なお城で名古屋城、小田原城、伊勢亀山城、吉田城、古河城、宇都宮城等など。
 お城じゃないけど静岡県御殿場市って、将軍家の御殿を作ったのが由来で「御殿場」ってなったそうです。

 川越は首都圏のベットタウンとして開発が進み、この川越城も当時の遺構は数が限られていますが、たまたま本丸御殿から時の鐘方面に歩いている途中、左の写真の光景が目に入りました。 当時の空掘か水掘だと思いシャッターを押してきました。
 自宅に帰って調べてみると、これは「中ノ門堀跡」ということでした。
 以前はこの中の門付近はコの字に食い違いになっていましたが、現在は市役所から博物館まで両面通行に整備されています。
 自宅で地図をよ〜く見てみると、この堀の西側にコの字になっている道が。。。
 当時の中の門の遺構かなぁ。。。?
 

 時の鐘を見て回って、左下の富士見櫓跡を見てきましたが、遺構の崩壊を保護するため?でしょうか、富士見櫓跡の上部はコンクリートで固められていて、異様な光景でした。
 この付近は当時の川越城の城域が微かにわかるようになっていて、なかでもこの富士見櫓跡下の浅間神社裏
(右下写真)は、富士見櫓があった本丸と八幡曲輪の間にあった水掘跡が存在して、本丸側には土塁(?)らしき遺構が見受けられました。

 最期に、本丸御殿の実物が見れなかったのが悔やまれます。。。






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